情動が不安定で、判断が「all or nothing」。
いつも空虚な気持ちで、他人に「見捨てられること」を強く恐れてしまう。
このため、対人交流は安定せず、「操作性」が特徴的で、自己を損なう行為 「リストカット、万引き、過食、嘔吐、自殺企図」を繰り返すことから、日常生活に多大な支障をもたらす場合が多い。
人口の2%にみられ、女性に多いといわれています。

若い人の落ち込みでよくみられる悪循環

基本の3テーマ

  1. 自分に自信をもてない
  2. 生活の方向性が十分定まっていない
  3. 支えになる仲間が少ない

境界性パーソナリティ障害の心理教育―病態モデル図を用いた説明(原田誠一.臨床精神医学 1999 より)

BPDの併存障害

大うつ病 41-83%
双極性障害 10-20%
物質使用性障害 約65%
PTSD 46-56%         
パニック障害 31-48%
摂食障害 9-53%

(Lieb,et al.,Lancet,2004 より引用)

治療方法

まずは、お手数でしょうが、当クリニックへお越し下さい。

変化のための技法

身体的な技法

  1. 非機能的な認知、思考をやめることに伴う生理的変化(不安の身体症状)の克服
  2. リラックス法と呼吸法
  3. リラックスできるイメージをを使うこと(五感をつかう)

感情面に対する技法

  1. 感情的反応を小さくすること(反応が大きすぎると問題が生じることは、お菓子を焼くオーブンの温度が高すぎることに喩えられる。温度は適正でなくてはならない)
  2. 感情の交流を促進すること

認知的技法

  1. 破壊的な思考を修正すること
  2. 二極思考をやめて中間(白と黒なら灰色)のあることを考えること
  3. 考えの根拠をよく吟味すること
  4. 考えの結果を考えること
  5. 衝動的な行動を避けること(衝動を認識する、自動的な行動をやめる、他の方法を考える、反応を選択する、反応を実践する)
  6. 常識に照らし合わせて考えてみること
  7. 過去の経験に照らし合わせて考えてみること

行動における技法

  1. 行動の結末に思いをめぐらすこと
  2. 違うことを試すこと
  3. その状況から逃げること
  4. その行動をやめること
  5. リラックスすること
  6. リラックスできるイメージを使用すること
  7. 安全な人物をみつけること

パーソナリティ障害の定義

それはパーソナリティの障害ではない

パーソナリティ障害という名称は、この障害がパーソナリティ機能の障害としてみることができることに由来しています。たしかに、この精神障害には、その人にもともと備わっているパーソナリティに通じるところがあるかもしれません。
 しかしここで注意しなくてはならないのは、パーソナリティ障害が「パーソナリティ」の「障害」であると、単純に考えてはならないということです。次に示すパーソナリティ障害の定義でも、パーソナリティの語はまったく使われていないのです。
 パーソナリティ障害は、1994年の米国精神医学会の診断基準第4版テキスト版(DSM-Ⅳ-TR)において以下のように定義されています(注)。

「パーソナリティ障害は、個人の所属する文化から予想されるものより明らかに逸脱した内的体験や行動の持続的パターンである。それは、柔軟性を欠き、広範囲であり、青年期もしくは成人期早期から認められていて、時間経過の中で変化しがたいことが特徴である。それにはまた、心理的苦痛や機能障害をもたらす性質がある」

 後で示すように、パーソナリティ障害の診断は、パーソナリティの機能不全の特徴(診断基準)をチェックし、それを数え上げることで行われます。それらの特徴は、厳密な意味で心理学的なパーソナリティ特徴とはいえないものがほとんどです。すなわち、パーソナリティ障害の特徴は、本来のパーソナリティの意味する個人のもつ固有・不変の特徴ではなく、むしろ環境に対する個人の非適応的な反応パターンだと考えられるものなのです。
時間的経過でも、このパーソナリティ障害とパーソナリティの基本的な相違が明らかにされています。パーソナリティには、10年、20年と時間が経ってもほとんど変化しない性質がありますが、パーソナリティ障害は、数年の経過の中で変化する(改善する)ことがいくつもの研究で確認されています。

 パーソナリティ障害とパーソナリティを区別することは、精神科診療においてとても重要です。従来、パーソナリティ障害が「その人の人柄が悪い」とか「パーソナリティなのだから治らない」などと誤解されることがしばしばありました。これはパーソナリティ障害が「パーソナリティの障害」であるという誤解に基づくものです。もしもそれが正しいなら、パーソナリティ障害と診断することは、その人そのものが「病的である」とか「改善しようのない」ことを意味してしまい、その人に対する侮辱となったり、周囲の人に悲観的な見方を植え付けたりすることになります。パーソナリティ障害とパーソナリティ(人格)とを混同することは、許されないことです。

パーソナリティ障害の基本的な特徴

次にパーソナリティ障害の基本的な特徴をみていきましょう。
 DSM-Ⅳ-TRのパーソナリティ障害の全般的診断基準を表Ⅱ-8-1に示します。
 この全般的診断基準からは、パーソナリティ障害が個人の外界に対する反応パターンの広い範囲の、そして長期間にわたる障害であることが読み取れるでしょう。さらにその障害が「他の精神疾患で説明されない」ことから、特定の精神機能の障害と診断されるほど重症度が高くないことも、その基本的特徴の一つだと考えられます。

 このような特徴から、パーソナリティ障害は広くて浅い病理と表現することができます。そしてさらに、このような特性を示すパーソナリティ障害は、一般の健常者との間に、および患者の健常状態との間に、連続性のある病態であるといえます。このような特性をもつパーソナリティ障害は、他の精神障害とは相当に異質であると考えることができます。

パーソナリティ障害の全般的診断基準

パーソナリティ障害を診断する際には、以下の条件を満たすことが必要である。

類型・分類

DSM-Ⅳ-TRのパーソナリティ障害には、10の類型、さらにそれらをまとめる3つのクラスター分類が含まれています。次に、それらのクラスター分類、類型の基本的な症状、臨床的特徴を示します。

クラスターA群:奇妙で風変りな群

妄想性、統合失調質、統合失調型パーソナリティ障害が含まれる。
 妄想型パーソナリティ障害の基本的な症状 広範な不信感や猜疑心。自らの正当性を強く主張し、周囲と絶えず不和や摩擦を引き起こす。認知や判断が自己中心的、偏狭。臨床特徴:妄想性障害、妄想型統合失調症を発症することがある。男性に多い。
 統合失調質パーソナリティ障害の基本的な症状 表出される感情に温かみが感じられない。非社交的、孤立しがちで、他者への関心が希薄。臨床特徴:かつて統合失調症の病前性格といわれていた。男性に多い。

 統合失調型パーソナリティ障害の基本的な症状 会話が風変りで、内容が乏しく、脱線しやすい。思考が曖昧で過度に抽象的。感情の幅が狭くしばしば適切さを欠き、対人関係で孤立。臨床特徴:統合失調症に発展するケースが多い。

クラスターB群:演技的・感情的で移り気の群

境界性、自己愛性、反社会性パーソナリティ障害が含まれる。
境界性パーソナリティ障害の基本的な症状 
感情や対人関係の不安定さ。自傷行為や自殺企図、浪費や薬物乱用など自己を危険にさらす衝動的行動。同一性拡散。妄想反応や解離反応といった精神病症状に近縁の症状。臨床特徴:大うつ病、物質使用障害など多くの精神障害を合併。臨床現場で高い比率でみられる。女性に多い。

自己愛性パーソナリティ障害の基本的な症状 
傲慢、尊大な態度。他者の注目と賞賛を求める。他者の過剰な理想化がみられることもあり。自己評価にこだわり、周囲の批判や無関心に対して抑うつや激しい怒りをみせる。他者への共感性が低い。臨床特徴:大うつ病や物質使用障害を合併しやすい。男性に多い。

反社会性パーソナリティ障害の基本的な症状 
他者の権利を無視、侵害する反社会的暴力的行動。衝動的、向こうみず。他者の感情に冷淡で共感を示さず、信頼、正直さに欠ける。自らの逸脱行為に責任を負おうとせず、罪悪感が乏しい。臨床特徴:物質使用障害の合併が多い。男性に多い。

演技性パーソナリティ障害の基本的な症状 
他者(特に異性)の注目や関心を集める派手な外見や演技的行動。感情表現がわざとらしく、表面的で真実味に乏しい。被暗示性が強く、周囲から影響を受けやすい。周囲に認められることを渇望。臨床特徴:女性に圧倒的に多い。

クラスターC群:不安で内向的な群

依存性、強迫性、回避性パーソナリティ障害が含まれる。
依存性パーソナリティ障害の基本的な症状 他者への過度の依存。自らの行動や決断に他者の助言や指示を常に必要とする。他者への迎合的態度。自らの責任を担おうとしない無責任さ。他者の支えがないと、無力感や孤独感を抱く。臨床特徴:大うつ病、パニック障害に多く合併。女性に多い。

強迫性パーソナリティ障害の基本的な症状 一定の秩序を保つことに固執。融通性なく、几帳面、完全主義や細部への拘泥、頑固、過度に良心的で倫理的、吝嗇、温かみのない狭い感情。優柔不断、決断困難。未知のものや強烈な感情を避ける。臨床特徴:男性に多い。

回避性パーソナリティ障害の基本的な症状 自分の失敗を恐れ、周囲からの拒絶や強い刺激をもたらす状況を避ける。自己への不確実感、劣等感などの自己にまつわる不安や緊張。対人交流に消極的でひきこもりをみせる。臨床特徴:社交不安障害の合併症が多い。

さらに、国際疾病分類第10版(ICD-10)(1992)とDSM-Ⅳ-TRのパーソナリティ障害類型の対応表を次のページに示します。

ICD-10とDSM‐Ⅳ-TRのパーソナリティ障害類型の対応

ICD-10(1992)                 DSM-Ⅳ-TR(2000)
妄想性パーソナリティ障害F60.0
統合失調質パーソナリティ障害F60.1
[統合失調型障害F21.0]
非社会性パーソナリティ障害F60.2
情緒不安定性パーソナリティ障害衝動型F60.30
情緒不安定性パーソナリティ障害境界型F60.31
演技性パーソナリティ障害F604
強迫性パーソナリティ障害F60.5
不安性(回避性)パーソナリティ障害F60.6
依存性パーソナリティ障害F60.7
[気分変調性障害300.4]
[気分変調性障害F34.1] 
その他の特定のパーソナリティ障害F60.8
自己愛パーソナリティ障害***
受動攻撃性パーソナリティ障害***
特定不能F60.9
妄想性パーソナリティ障害301.00
統合失調質パーソナリティ障害301.20
統合失調型パーソナリティ障害301.22
反社会性パーソナリティ障害301.70
境界性パーソナリティ障害301.83
演技性パーソナリティ障害*301.50
強迫性パーソナリティ障害**301.40
回避性パーソナリティ障害301.82
依存性パーソナリティ障害301.60
抑うつ性パーソナリティ障害****


自己愛性パーソナリティ障害301.81
受動攻撃性パーソナリティ障害****
特定不能301.90

*英語表記はすでにhistrionic personality disorderとなっている。この訳は厚生労働省の「疾病、傷害および死因統計分類概要」(1978)による。
**強迫性パーソナリティ障害はICD-10とDSM-Ⅲ~Ⅳ-TRで訳語は同一だが、英語表記はそれぞれcompulsive personality disorder、anankastic personality disorder、obsessive-compulsive personality disorderと異なっている。
***はICD-10 DCRの特別な障害についての暫定的な診断基準に収載されている。
****はDSM-Ⅳのなお今後の研究を要する診断基準に示されているもの。
[ ]内は、パーソナリティ障害ではなく、他の精神障害分類に位置づけられているもの。
診断名の後に示されているF60……、301.00……はそれぞれICD-10、DSM-Ⅳの診断コード。

頻度

パーソナリティ障害は、一般の人々にも高率で見出されます。構造化面接を用いた疫学的研究において一般人口の10~15%に何らかのパーソナリティ障害が診断されることが明らかになっています。個々の類型では、従来の疫学的研究をまとめたCoid(2003)によると、妄想性パーソナリティ障害0.7~2.4%、統合失調質パーソナリティ障害0.4~1.7%、反社会性パーソナリティ障害0.6~3.0%、境界性パーソナリティ障害0.7~2.0%、演技性パーソナリティ障害2.1%、強迫性パーソナリティ障害1.7~2.2%、回避性パーソナリティ障害0.8~5.0%、依存性パーソナリティ)障害1.0~1.7%、自己愛性パーソナリティ障害0.4~0.8%、統合失調型パーソナリティ障害0.1~5.6%とされています。プライマリーケアの場や精神科臨床では、さらに頻度が高率になります。

 ただし、このように多数のパーソナリティ障害と診断される人々のすべてが治療の対象となるわけではありません。パーソナリティ障害のほとんどは単独ならば精神障害として軽症ですし、後述するようにパーソナリティ障害の治療を開始するのには、患者本人の治療への主体的参加などの追加条件が必要になるからです。

診断方法

パーソナリティ障害の診断は、まずさきに示した全般的診断基準にその患者が当てはまるかどうかを吟味します。次いで、個々のパーソナリティ障害の類型記述(診断基準)に照らしあわせて、規定数以上の診断基準を満足しているならば、その類型を診断します。厳密には(たとえば、研究で用いられる診断の場合)、それぞれの類型の特徴(診断基準)の有無を面接で一通り調べるという手法(構造化診断面接)が使われることがあります。従来から行われている患者の全体的な症状から直観的にパーソナリティ障害類型を決める診断法は、医師の間で意見が十分に一致しないという問題点が指摘されています。

病因・病態

パーソナリティ障害の発生には、さまざまな要因が関与していると考えられています。
 第一は遺伝的要因です。それは、パーソナリティ障害の特性が同じ家系の人に見出されることが多い、一卵性双生児で二卵性双生児よりも一致いやすい、といった臨床遺伝学的研究によって確認されています。
 さらに、パーソナリティ障害と生物学的特性との間のさまざまな関連が確認されています。たとえば、反社会性パーソナリティ障害や境界性パーソナリティ障害などの患者では、その衝動性がセロトニン系(神経伝達物質であるセロトニンによって信号が伝えられている神経組織)の機能低下と関連しているという知見が報告されています。このような所見は、パーソナリティ障害が生物学的に決められていることを示しています。

 他方、パーソナリティ障害の発症では、発達過程や生育環境も重視されなければなりません。たとえば、境界性パーソナリティ障害や反社会性パーソナリティ障害では、劣悪な養育環境(発達期の虐待、貧困や施設での生育など)が発生要因として関与していると考えられています。

臨床的な意味

パーソナリティ障害は、さきに単独では軽症のものが多いと記しましたが、実際の臨床では大きな問題となることがしばしばあります。
 臨床的に重症なものが多いのは、境界性パーソナリティ障害です。このパーソナリティ障害は、重大な適応上の問題をきたしやすく、単独で精神科医療機関の受診理由となることが多く、さらに治療中にも問題が生じることがあるパーソナリティ障害として知られています。
 そのほか、他の精神障害が合併しやすいことも非常にしばしば臨床的な問題となります。それは、パーソナリティ障害によって適応のバランスが失われると、他のさまざまな精神障害が発生しやすくなるせいだと思われます。たとえば、対人関係のトラブルをきたしやすい境界性パーソナリティ障害では、感情障害や不安障害が生じやすくなりますし、衝動的な行動に走ることを特徴とする反社会性、境界性パーソナリティ障害では、薬物関連障害(乱用、依存など)が多く発生します。患者が精神科医療機関を受診するのは、このようなパーソナリティ障害と他の精神障害の合併によることが多いのです。

 また、パーソナリティ障害には、それに合併している精神障害の症状を修飾する(精神障害の重なりによって特別な症状が発生する)、合併している精神障害の回復に影響を与える(治りにくくする)といった重要な意味が認められることがあります。このような場合には、精神障害の治療にパーソナリティ障害への治療的介入を加えることによって患者の回復を促進できると考えられます。

パーソナリティ障害の治療

心理社会的治療・精神療法

パーソナリティ障害に対する治療では、従来から心理社会的治療、精神療法が重視されており、多くの実績が積み重ねられてきました。また、パーソナリティ障害の病理の特徴からも、精神療法が重要であることが確認されます。すなわち、その特徴には、患者にとって取り除かれるべき「異物」というよりも、「従来から生じてきた行動パターン」というニュアンスがあるので、単純に治療でそれを解消しようとするのではなく、精神療法の考え方に従って患者の主体的参加や協力によって治療を進めるという方針が不可欠だからです。そのようなパーソナリティ障害の治療では、患者自身の判断がとりわけ重視されなければなりません。
 実際の治療では、治療への動機づけを促して、できるだけ協力的な治療関係を築くようにすることが課題になります。もしも患者が治療参加に同意しないなら(ただし非自発的治療が必要とされる精神症状や問題行動がないならば、という条件付きですが)、パーソナリティ障害への治療の必要性を告げるにとどめて、パーソナリティ障害の治療を控えなくてはならないでしょう。

 パーソナリティ障害に対して行われている代表的な心理社会的治療(精神療法)を次に示します。

■支持的精神療法(精神療法的管理)

目標:現実適応の向上など、さまざまに設定される。
治療の内容:適用が広く、中程度以下の機能水準の症例にも施行可能。面接は週1回で数年間つづけられることが標準的であるが、その頻度や継続期間を幅広く、柔軟に設定しうる。技法もさまざまなものが取り入れられている。特にここに位置づけられる心理教育は、すべての治療の基本とされるべきものであり、他の治療法にも必ずといってよいほど取り入れられている。

■認知療法(Beck 1990)

目標:患者の非適応的な認知。
治療の内容:制限の設定や治療契約を行い、協力関係を保ちながら「誘導による発見」の手法によって現実的な治療目標を定める。治療関係に信頼と親密さを育成することがポイント。

■対人関係療法(Benjamin 1996)

目標:対人関係の問題。
治療の内容:患者の退行を防止しながら、患者の強さを増すことを目的とするという治療契約のもとで、協力関係の増進や学習体験を重ねる。非適応的パターンの防止、変化の意志を強めることが目指される。個人面接と並んで、家族など重要な他者との同席面接が積極的に行われる。

■精神分析的精神療法

目標:心内界の構造的問題を解決して人格の「再建」を目指す。
治療の内容:少なくとも週2回の面接。解釈によって患者の言動と欲求を結びつけて自己洞察を深めることが中心的作業。治療関係で生じる転移を積極的に治療に利用しようとする。この療法の適応となる患者は、ある程度以上の安定した現実検討力と内省力をもつ患者に限られる。
このほか、家族療法やデイケア、入院治療、集団精神療法などについての経験が重ねられています。
近年の動きで特に注目されるのは、境界性パーソナリティ障害に対して心理社会的治療の無作為化対照比較試験(RCT)による効果の研究が次々に発表されていることです。それは、いくつかの治療を組み合わせた治療パッケージを作成し、それを実施する群と他の治療を行う対照群との間の治療成績を比較する研究です。
特に著しい成果が報告されている2つを次に紹介します。

■弁証法的行動療法(Dialectic behavior therapy:DBT)

米国のLinehanの開発した弁証法的行動療法は、境界性パーソナリティ障害への効果が最初に検証された心理社会的治療として知られています。彼女らは1991年、弁証法的行動療法によって自殺未遂や自傷行為を呈する患者が著明に改善したことを報告しました。
弁証法的行動療法の特徴は、治療の標的が従来の認知療法よりも大幅に広げられて、認知行動パターンを全般的に変えることが目指されていることです。
ここで修得されるべき基本的技能は、(1)マインドフルネス(現実的で冷静な自己観察、現実認識の技能)、(2)感情統御技能(賢い心の修得)、(3)実際的な対人関係技能とされています。
この治療は、週2回の教育的技能訓練と行動リハーサルの行われる集団技能訓練と週1回の個人面接から構成され、1年以上つづけられます。Linehanらは、2006年にさらに規模の大きい研究による所見を発表しています。それによると、101人の境界性パーソナリティ障害の女性が弁証法的行動療法(週3回)と認知療法もしくは支持的認知療法(週2回)に振り分けられて、1年間の治療の後で両方の群が比較されたところ、弁証法的行動療法のほうが自殺未遂の頻度、治療脱落の少なさ、入院回数の少なさにおいてまさっていたことが報告されています。

■メンタライゼーション療法(Mentalization-based treatment:MBT)

英国のBatemanとFonagyが1999年に報告した精神分析的デイケア治療でも治療効果が確認されています。彼らはこの治療をメンタライゼーション療法と名づけています。その治療の目的は、メンタライゼーション(自分やまわりの人の行動がその考えや気持ちといった心理的過程からおこることを理解する能力)を高めることです。この治療では、さまざまな対人関係や出来事の体験から自分自身や自分の心理状態を理解し、自分や他者の行動についての学びを深める訓練が行われます。
BatemanとFonagyは、2009年にそれに基づいて開発された週2回計2時間の集団療法と個人療法からなる外来治療の効果を発表しました。その結果は、134人の境界性パーソナリティ障害の患者を対象にして、18カ月間にわたるこの治療と、同じ治療時間の集団療法を含むケースマネジメントの効果を比較したところ、メンタライゼーション療法のほうが有意に改善のスピードが速かったというものでした。
境界性パーソナリティ障害に対する精神療法の無作為化比較試験の結果は、互いに相反する部分が少なからずあり、まだ決定的な結論が導かれるものではありませんが、治療効果が確認されている治療には、治療目標が絞られている、週2回以上の面接の治療を最低1年間つづけているといった共通点が認められます。

 パーソナリティ障害の治療:薬物療法

かつては、薬物療法はしばしばパーソナリティ障害に合併する精神障害にのみ有効だとされてきたのですが、この見方は変化しつつあります。
従来の薬物療法の知見をまとめるなら、統合失調型パーソナリティ障害などの受動的なパーソナリティ障害には少量の抗精神病薬、境界性パーソナリティ障害や反社会性パーソナリティ障害の衝動性や感情不安定には選択的セトロニン再取り込み阻害薬(SSRI)や気分安定薬、回避性パーソナリティ障害の不安や抑制にはSSRIやモノアミン酸化酵素阻害薬(MAOI)がそれぞれ有効だと考えられています。さらに最近では、非定型抗精神病薬の境界性、統合失調型、反社会性パーソナリティ障害に対する有効性が確認されています。

 パーソナリティ障害の経過・予後

パーソナリティ障害は、回復を期待できる精神疾患です。従来は、回復が難しいと考えられていましたが、近年の予後調査では、他の多くの精神障害より回復が緩徐であるものの、長期経過の中で大多数が回復すると考えられるに至っています。
たとえば、Zanariniら(2003)は、290例の境界性パーソナリティ障害の入院患者の経過研究を行い、6年間で約70%が境界性パーソナリティ障害と診断されなくなり、患者の機能が相当に改善していたと報告しています。また、Sheaら(2002)は、外来患者の調査から、患者が1年間治療後に継続して同じパーソナリティ障害と診断されていたのは、境界性パーソナリティ障害41%、統合失調型パーソナリティ障害34%、回避性パーソナリティ障害56%、強迫性パーソナリティ障害42%にとどまっていたと報告しています。つまり、残りは改善していたと考えることができます。
このように今日では、パーソナリティ障害は経過の中で変化しうるもの、治療によって改善しうるものと考えられるに至っています。
パーソナリティ障害の概念は、次々に新しい知見が明らかにされている状況にあるため、今後、その定義やとらえ方が変化する可能性があります。それとともにパーソナリティ障害の患者の診断、治療の方法に進歩がもたらされることが期待されます。

注 ) 米国精神医学会の診断基準(DSM-Ⅳ-TR)と同様に広く世界で使われている世界保健機構(World Health Organization)の診断基準である国際疾病分類第10版(ICD-10)(1992)での定義もほとんど変わりません。ちなみにDSM-Ⅳ-TR全般的診断基準もICD-10の研究用診断基準からほぼそのままの形で引き継がれたものです。

林 直樹.パーソナリティ障害 樋口輝彦・野村総一郎(編)
こころの医学事典 日本評論社 pp.250-256.